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─ 在宅医療とは ─

高知県医師会長  岡林 弘毅

本文

今,国の医療政策は急性期医療と在宅医療の2極に集中し,その間を繋ぐ医療が欠落しているといってもよい。まさに,医療の継続性,連続性の欠如したキセルである。
 さて,在宅医療が叫ばれだして,随分と久しい。在宅医療とは維持管理ともいうべき医療や終末期医療の受療形態の1つであり,叫ばれだした当時は,自分の家の畳の上で死ぬということが主眼であり,今では,病室以外で死ぬという概念のことのようである。現実には,家族に見守られながら我が家で静かに生を全うできる恵まれた環境にある者は僅かであり,国民の大半が病院やその他の施設で死を迎えるか,自宅であっても孤独死という状況にある。 人生の最後は病院のベッドの上ではなく,自宅の布団の上で迎えたいという国民のほとんどの願望に便乗したのが在宅医療の推進であり,社会的入院は悪であるとの喧伝のもと,医療療養病床の削減と介護療養病床の廃止に連動させたといってよい。国民の願望をかなえるためではなく医療費削減が目的であり,病院や老健施設以外の施設はすべて在宅であるとの詭弁を弄するものとなっている。社会的入院は決して悪ではないと考えるが,それでも悪というなら,それは必要悪であり,国民からの社会的要請というべきものである。
 団塊の世代が高齢化していく中で,2035年以降の入院患者は180万人以上になるとの将来推計があり,現在の病床数125万床(一般プラス療養)が,将来的に,増床はおろか維持すら困難と考えられる中で,どういう医療を提供できるかを検討することが課題となるが,当然,在宅医療のウエイトが増大するのは必定といえる。先般,国立社会保障・人口問題研究所が公表した2010 〜35年の25年間における世帯数の将来推計によると,65歳以上の高齢世帯主は2,010年の1,620万世帯から2,035年には2,021万世帯(全世帯主に占める割合は40.8%)へと増え,65歳以上の単独世帯が25年間に1.53倍の762万世帯に,75歳以上の単独世帯が1.73倍の466万世帯になるとしている。2012年時点の65歳以上の人口は3,000万人を超え,特別養護老人ホームの待機( 2 )者は42万人を数えており,要介護独居老人の「終の住すみか処」を求め,長くて1か月のショートステ
イを繰り返し,挙句は生活保護の世話になる症例などを挙げ,病院から出され,介護施設にも入れず,行き場を失って居場所を転々とする現状を「老人漂流社会」とメディアは呼ぶ。高齢者医療費が年間10兆円規模(そのほとんどは入院医療費)で費やされる中で, 厚生労働省の2005年公表の死亡前1か月に掛る終末期医療費は推計で年間約9,000億円という。当然,入院が減れば医療費が減少するのは道理であるが,入院からその患者が在宅に回ったとして,その在宅における医療費と介護保険による介護費を考えたとき,果たして,本質的な収支に有意差があるのであろうか。そのあたりの比較,検証がなされていないのはおかしい。
 また,最近,都市部での独居老人に対する在宅医療の危機をメディアは伝え,社会問題化をいう。危機とは在宅医療に従事する医師不足のことである。医療クライシスがいわれだして久しいが,在宅医療の現場にも医療崩壊の波が押し寄せようとしていることは想像に難くない。
ところで,今の医師不足は医師の総数ではなく,診療科偏在や地域偏在に起因していると捉えるべきであるが,卒後臨床研修制度の導入も然りながら,医者にもフリーター(数千人ともいわれる)をみるごとく,それは近年の医学部志望の動機に端を発していると思えてならない。
本人の医師を目指す意思と自覚の有無には関係なく,機械的な偏差値による合格率優先,即ち,進学実績のみを見据えた高校の進路指導に大きな問題があると考えている。
 高齢者医療における長期療養の大半が脳梗塞の後遺障害であり,在宅療養へのシフトが強制される中で,そのもととなる生活習慣病については自己責任がいわれてきており,学童期からの健康教育の重要性に思いを致すとき,それは義務としての国民的課題にならなければならないであろう。
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