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2.生殖医療に対する期待と不安

平成13年8月 浜脇 弘暉

目  次:

1)はじめに

2)生殖医療の語句の簡単な説明

3)生殖補助医療技術の成績

4)生殖補助医療技術−その他の状況(実施施設、治療法、費用)

5)生殖医療技術などへの各国の対応とわが国の状況

6)生殖補助医療技術の諸問題
  1. 妊娠率・生産率の頭打ちと流産率の高さの問題
  2. 多胎妊娠増加の問題
  3. 適用拡大の問題
  4. 副作用の問題
  5. 法的規制の問題
  6. 非配偶者間人工受精(AID)と精子提供の問題
  7. 卵子提供と胚提供、胚保存(凍結受精卵)の問題
  8. 生殖補助医療と先天異常の問題

7)その他の問題(代理出産・クロ−ン技術・胚性幹細胞ES細胞・臓器移植など)

8)最後に

 1) はじめに

 1953・54 年、ワトソン、クリックによるDNA構造式の発見、1990年のアデノシン・デアミナ−ゼ欠損症に対する最初の遺伝子治療と、遺伝子を人間が操作することが可能となり、今や世界中の科学者や企業はクロ−ン技術やゲノム解析へ邁進しています。20世紀後半が「情報と生命科学・遺伝子の時代」と言われるように、その凄まじいまでの進歩には目を見張るものがあります。
 そして、これらの進歩がもたらすであろう医療分野への恩恵も計り知れないと言われています。しかし一方で、余りの進歩に生命倫理学バイオエシックスや法律など、社会全体が追いつけない実態も出てきています。文明・科学の進歩が人類にとり全てメリット(よいこと)ばかりではなかったことは、水爆、環境ホルモン、地球環境破壊など歴史が証明しています。

▲高血圧発病に関係する遺伝子などの研究の第一人者・村上和雄筑波大教授は、著書「生命(いのち)の暗号」で、【生命の仕組みは驚くほど不思議ばかりである。人は「生きる」などと簡単に言うが、自分の力だけで生きている人は地球上に1人もいない。呼吸にしても、血液循環にしても、自分たちが工夫して働かせているのではなく、ホルモン系・自律神経系などが、自動的に活躍しているからこそ、私たちは生きている。そのホルモン系や自律神経系の活躍を支配しているのが遺伝子であるが、その遺伝子を操っているのは何であろうか。それぞれの遺伝子は見事な調和のもとで働いている。ある遺伝子が働き出すと、他の遺伝子はそれを知って仕事の手を休めたり、一層ピッチを上げたり、実にうまく全体の働きを調整している。この見事な調整が、たまたま偶然にできたとは思えない。この遺伝子の見事な調整を可能にしているものの存在を、私は「Something Great=サムシング・グレ−ト(偉大なる何者か)」と呼んでいる。その正体は、勿論目には見えず、感じることもなかなかできないが、その存在はあるに違いないと、生命科学の現場で私は実感する。クロ−ン人間など科学技術で問題となるのは、その技術より人間の欲望であり、それを行おうと決断するのは人間であり、人間の欲望に基づいている。この決断の時、人間を含めた全ての生物の「生命」は、人間の工夫や知恵で作られたものではなく、「サムシング・グレ−ト」からの贈り物であることを思い出す必要があると思う。そんなに思い上がってはいけないと言いたい。技術的には可能だが、余りに不自然なことはやらないという自制心を持つ必要がある。この自制心は倫理面からでは不十分で、自分の力や工夫だけで生きているのではなく、自分を支えてくれている様々なもののお陰で生かされているという事実を知ることにより、本当の自制心が生まれるのではないか。】

★長くなりましたが、まさに、科学者全てに送りたい言葉ですね。

▲1999年度科学技術白書は、科学技術進展の利益と、環境問題や生命倫理問題など新たな課題を生んだ20世紀を振り返り、研究者が専門家集団の殻の中に閉じこもり、国民との意志疎通ができていなかった点を反省し、21世紀に向け両者の接近が必要と強調しています。研究者の約1割が研究完成が社会に悪影響を与えても、使用者の責任で自分の責任ではないと考え、科学技術への理解を進めるのに、自らが最も努力する必要があるとした研究者は4割に止まることなど、研究者の倫理上の問題点を挙げ、科学技術について分かりやすく説明するインタ−プリタ−(説明役)を育成するなどして、国民の科学技術への関心の高まりに応えることが必要としています。
▲生殖医療技術は、本来、産業動物の効率生産、生産物の質と量の改善を目的として、畜産現場での研究発展が先導役を果たしてきました。人工受精、受精卵の移植、一卵性双子〜多数子の生産、体外受精、顕微授精、産子の性制御、精子・未成熟卵・胚の凍結保存、遺伝子組み換え動物の生産など、全ての研究が、人間より動物で先行してきました。クロ−ニング技術も先進的に研究され、異品種間の胚移植は、ほとんど全ての動物種で日常的に行われており、異種動物を借り腹とした移植も研究されています。1回の射精液で、ウシで約300 頭、ブタで約40頭、ヒツジ・ヤギで約100 頭のメスに授精が可能で、1頭の胚提供牛から生涯に100 頭の子孫を残せることも可能と言います。

★これら研究の全てが、動物界のみで制御されるのか、人間領域への拡大の恐れがないのか、先の科学技術白書の研究者の態度などを見る限り、不安を禁じ得ないのは、素人の私だけの危惧でしょうか。

▲高血圧発病に関係する遺伝子などの研究の第一人者・村上和雄筑波大教授は、著書「生命(いのち)の暗号」で、
  
 【生命の仕組みは驚くほど不思議ばかりである。人は「生きる」などと簡単に言うが、自分の力だけで生きている人は地球上に1人もいない。
  
 呼吸にしても、血液循環にしても、自分たちが工夫して働かせているのではなく、ホルモン系・自律神経系などが、自動的に活躍しているからこそ、私たちは生きている。
  
 そのホルモン系や自律神経系の活躍を支配しているのが遺伝子であるが、その遺伝子を操っているのは何であろうか。それぞれの遺伝子は見事な調和のもとで働いている。ある遺伝子が働き出すと、他の遺伝子はそれを知って仕事の手を休めたり、一層ピッチを上げたり、実にうまく全体の働きを調整している。この見事な調整が、たまたま偶然にできたとは思えない。この遺伝子の見事な調整を可能にしているものの存在を、私は「Something Great=サムシング・グレ−ト(偉大なる何者か)」と呼んでいる。その正体は、勿論目には見えず、感じることもなかなかできないが、その存在はあるに違いないと、生命科学の現場で私は実感する。

 クロ−ン人間など科学技術で問題となるのは、その技術より人間の欲望であり、それを行おうと決断するのは人間であり、人間の欲望に基づいている。

 この決断の時、人間を含めた全ての生物の「生命」は、人間の工夫や知恵で作られたものではなく、「サムシング・グレ−ト」からの贈り物であることを思い出す必要があると思う。そんなに思い上がってはいけないと言いたい。

 技術的には可能だが、余りに不自然なことはやらないという自制心を持つ必要がある。この自制心は倫理面からでは不十分で、自分の力や工夫だけで生きているのではなく、自分を支えてくれている様々なもののお陰で生かされているという事実を知ることにより、本当の自制心が生まれるのではないか。】


★長くなりましたが、まさに、科学者全てに送りたい言葉ですね。

▲1999年度科学技術白書は、科学技術進展の利益と、環境問題や生命倫理問題など新たな課題を生んだ20世紀を振り返り、研究者が専門家集団の殻の中に閉じこもり、国民との意志疎通ができていなかった点を反省し、21世紀に向け両者の接近が必要と強調しています。研究者の約1割が研究完成が社会に悪影響を与えても、使用者の責任で自分の責任ではないと考え、科学技術への理解を進めるのに、自らが最も努力する必要があるとした研究者は4割に止まることなど、研究者の倫理上の問題点を挙げ、科学技術について分かりやすく説明するインタ−プリタ−(説明役)を育成するなどして、国民の科学技術への関心の高まりに応えることが必要としています。

▲生殖医療技術は、本来、産業動物の効率生産、生産物の質と量の改善を目的として、畜産現場での研究発展が先導役を果たしてきました。人工受精、受精卵の移植、一卵性双子〜多数子の生産、体外受精、顕微授精、産子の性制御、精子・未成熟卵・胚の凍結保存、遺伝子組み換え動物の生産など、全ての研究が、人間より動物で先行してきました。クロ−ニング技術も先進的に研究され、異品種間の胚移植は、ほとんど全ての動物種で日常的に行われており、異種動物を借り腹とした移植も研究されています。1回の射精液で、ウシで約300 頭、ブタで約40頭、ヒツジ・ヤギで約100 頭のメスに授精が可能で、1頭の胚提供牛から生涯に100 頭の子孫を残せることも可能と言います。

★これら研究の全てが、動物界のみで制御されるのか、人間領域への拡大の恐れがないのか、先の科学技術白書の研究者の態度などを見る限り、不安を禁じ得ないのは、素人の私だけの危惧でしょうか。

 2) 生殖医療の語句の簡単な説明

生殖補助医療技術 = 人為的操作で受精させ、妊娠に至らせる一連の医療技術。
人工授精 = 精子を直接子宮内に注入する方法。配偶者間人工授精と配偶者以外の第三者の精子を用いる非配偶者間人工授精がある。
胚 = 受精(妊娠3週)から妊娠8週までの発生中の個体を指す。
卵と精子卵管内移植 = 採取した卵子を受精させずに精子と共に腹腔鏡下に卵管内に移植する。体外受精と異なり受精は体内で起こる。
体外受精 = 排卵直前の卵胞卵子を採取し、培養液内において精子を加え、体外で受精させる。
体外受精−胚移植 = 体外受精卵を2〜8細胞期まで発育させ、細いカテ−テルで、極少量の培養液と共に子宮内に移植する。
胚の卵管内移植 = 体外受精卵が分裂した胚の状態で腹腔鏡下に卵管内に注入、移植する。
顕微授精 = 主に精子受精障害に用いられる体外受精の技術で、顕微鏡下で卵周囲の透明体に裂目を作り精子が進入しやすくする方法、精子を透明帯と卵細胞の間の囲卵腔に直接入れる方法、1匹の精子を細いガラス管で採取し卵細胞まで挿入する方法など。受精過程を人為的顕微鏡下の操作で行う。
胚・精子の凍結保存 = 体外受精で余った胚や移植できなかった胚を凍結させ後に融解後移植する。また精子を得られにくい場合や備蓄が必要な場合に凍結保存し、必要時に融解して用いる。
減数手術 = 体外受精では、卵採取前に排卵誘発剤を使用する場合が殆どで、また、妊娠率を上げるために複数の胚を移植するため、多胎妊娠が多くなる。多胎妊娠では母子への危険があり、妊娠前半期に医師の判断で、超音波診断装置下で子宮内の胎児の心臓に薬物・塩化カリウムを注入して胎児を死亡させたり、太めの穿刺針で胎嚢を吸引する方法などで、結果的に胎児数を減らし、極端な多胎妊娠を防止する方法。生存させる胎児と死亡させる胎児を医師が選択するが、倫理的に医師にそこまでの権利があるのか、胎児を選別する医学的根拠、適用する法律など、問題を残したまま行われている。

 3)生殖補助医療技術の成績

 1978年、イギリスのエドワ−ドとステプトウによって体外受精第1児ルイ−ズ・ブラウン嬢が誕生、1983年に日本での体外受精第1児が生まれ、生殖医療は急速に進歩定着してきた感があり、日本産科婦人科学会登録442施設の調査(平成10年1年間)で、体外受精によって生まれた赤ちゃんが、合計11,119児、これまでにわが国で、47,591児が誕生したことになり、不妊症(結婚している夫婦の10組に1組存在と推定)の方々に赤ちゃんが授かっているわけです。

▲平成10年(日本産科婦人科学会生殖内分泌委員会、1月1日〜12月31日、回答377 施設)の調査で、体外受精の移植周期当たりの妊娠率と赤ちゃんを得た生産率、妊娠当たりの流産率・多胎妊娠率を見てみます。
新鮮卵・胚を用いた体外受精 − 胚移植 = 妊娠率22.8%、流産率23.2%、
                               多胎妊娠率20.4%、生産率17.0%
凍結卵・胚を用いた体外受精 − 胚移植 = 妊娠率21.6%、流産率21.6%、
                               多胎妊娠率13.4%、生産率16.9%
顕微授精を用いた体外受精  − 胚移植 = 妊娠率25.5%、流産率21.8%、
(ICSIが99.8%)                    多胎妊娠率16.9%、生産率19.7%
▼新鮮胚を用いた治療での多胎妊娠率が、調査開始の昭和63年以降、初めて20%を超え、多胎妊娠の10%に3胎以上の多胎妊娠が発生します。

▼大きな先天異常と染色体異常は、平成9年の調査で、新鮮卵・胚を用いた体外受精−胚移植で10例、顕微授精で14例にみられ、凍結卵・胚を用いた体外受精−胚移植で2例、顕微授精で1例にみられています。

 4)生殖補助医療技術−その他の状況(実施施設、治療法、費用)

 厚生省研究班の実施施設調査(回答166 施設、1996年1年間)では、不妊症患者が、大学病院や一般病院より小規模の診療所に集中しており、107 施設で1万7千件に行われた体外受精の実施率も診療所が一般病院の4.2 倍、大学病院の5.5 倍と言います。体外受精・胚移植などを行う施設数は、11年3月には448 施設にまで増えています。

 近年、出産数減少や医事紛争多発と昼夜休日を問わない仕事の厳しさなどから、産科や周産期医療を扱う産婦人科医が減少しつつあり、分娩を取り扱わず不妊を専門に扱う個人クリニックや産婦人科医は急増しています。

 治療内容も、卵管性不妊の治療では、診療所の94%が体外受精(一般に排卵誘発剤以外の体外受精は自費診療)を行い、大学病院では腹腔鏡下手術91%、卵管形成術78%と、先ず卵管の機能を回復させる手術(保険診療が適用)をする傾向がみられ、診療所レベルでは安易に体外受精が選択されていることが推測され、また診療所では70%が体外受精を外来で行い、大学病院は90%が入院させて実施しているという違いもありました。

 1回の治療で要する費用(自費診療)は、非配偶者間人工受精で約2万円、体外受精では診療所が30万円台が多く(ある調査では30〜40万円未満が4割、50万円以上もあり、18万円プラス成功報酬30万円というのもある)、一般病院や大学病院では20万円台が多く、顕微授精では約60万円と言います。不妊治療で1千万円以上も使った例もあるそうです。

★このように不妊治療は、診断に始まり治療法の選択や費用にもバラツキがあるので、医師に十分説明を受けて患者さん自身が決める必要があります。旧厚生省補助事業で設置された「不妊相談センタ−」(全国に十数か所)は、全てが大学病院などの治療機関であり、相談者にとって、説明が治療への誘導になる可能性も考えられます。

★高知県で、医師会・2つの産婦人科団体の協力で準備中の「不妊相談事業」は、県内保健所に研修を受けた保健婦を配置、情報を提供し、専門医は出来るだけ影に隠れ、患者自身の選択で治療法や検査・治療機関を選んでいただく独自方式を目指しています(説明に必要な情報は県内医療機関アンケ−ト調査をもとに作成する予定)。

 5)生殖医療技術などへの各国の対応と我が国の状況

 生殖医療技術の生命倫理を考える場合、多くの要因を検討する必要があり、患者、一般人、精子・卵子・胚提供者、生まれてくる子供の人権や幸福や福祉、健康、商業主義排除や情報開示の問題も考慮されなければならず、価値観・宗教・法律など社会的因子も加わり、各国で対応には微妙な差がみられます。
▼アメリカは長年、人工妊娠中絶の賛否問題が先鋭化し、大統領選挙の争点になったり、爆弾テロまで起こる状況ですが、一方で「他人に害を与えない限り個人の行為を縛ることは認めない」という自由権利主義が優位にあり、生殖医療技術に関して法律も国家としての規制もありません。州により多少異なりますが、生殖技術を受けられる条件や精子・卵子提供も本人の同意でよく、受精卵の冷凍保存、余剰胚の実験利用や実験目的の胚作成、出生前診断、胚の着床前診断、キメラ・ハイブリッド・クロ−ンも今のところ規制はなく、代理出産は10州で有償の契約無効とされている程度で(代理出産を認めない州もあるが)、一番規制が緩やかな国と言え、問題が起きた時の最終決着は各州法や裁判で対応しているのが現状のようです。
▼ヨ−ロッパ諸国では、生命科学技術の進歩に対する人権保護を国家の責務としており、イギリス「ヒト授精・胚研究法」、ドイツ「連邦医師会指針」・「胚保護法」、フランス「生命倫理3法」、スエ−デン「人工生殖に関する法規(人工受精法・体外受精法)」などがあり、国家レベルで規制され、生殖医療が受けられる条件が決められ、体外受精などは認定された機関でのみ許され、イギリスでは人工受精やヒト胚の実験の実施も認定機関でのみ許され、ドイツ、フランスでは胚に対する操作や実験は禁止されています。精子・卵子の提供は、イギリス、フランスでは本人同意・無償・匿名・嫡出否認の禁止の条件つきで認可(子供の出自を知る権利はイギリスでは限定的に認め、フランスでは否定)、ドイツ、スエ−デンでは他人からの提供精子・卵子・胚の体外受精は禁止されています。受精卵の冷凍保存は、イギリスで最高10年まで、フランスで最高5年まで、スエ−デンで1年間で容認、余剰胚の実験利用や実験目的の胚作成に関しては、イギリスで授精後14日までのみ認可、スエ−デンで条件つき認可、ドイツ、フランスでは禁止されています。

 代理出産は、イギリスでは商業主義的なもののみ禁止、ドイツ、フランス、スエ−デンでは禁止、出生前診断、胚の着床前診断は、イギリス、スエ−デン、ドイツ(胚の着床前診断では法解釈が分かれている)で規制なく、フランスで出生前診断は目的・実験施設を限定して認可、胚の着床前診断は厳重な条件つきで認可しています。キメラ・ハイブリッド・クロ−ンはこれら全ての国で禁止しています。これらの国には殆ど全てで罰則があります。

▲一方わが国では、体外受精などの生殖医療に関しては、民法や母体保護法が一応、生殖医療技術を規制するものとされてはいますが、国家レベルでの規制はなく、唯一、生殖医療技術に関しては、日本産科婦人科学会のガイドラインや会告があります。そこでは、生殖技術の適応は、医学的不妊の認められた婚姻カップルに限り、受精卵の凍結保存は婚姻中・母体の生殖年齢中に限り、保存胚の提供は認めず、胚の実験利用は受精後14日のものまで認可し、出生前診断は医学的対応を限定し、第3者からの配偶子の提供は認めないというのが、これまでの見解でした。

▲厚生省の厚生科学審議会先端医療技術評価部会・生殖補助医療技術に関する専門委員会(平成12年12月)「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」は今後の検討の骨子になりますので、長くなりますが概要を掲載します。詳細は以下のホ−ムペ−ジにあります。   http://www1.mhlw.go.jp/shingi/s0012/s1228-1_18.html 
【以下、生殖補助医療をARTと略します
1.非配偶者間ARTを受ける条件では、不妊症で子を持つことができない法律上の夫婦に限定。それを受けなければ妊娠できない夫婦に限り、提供精子による人工授精、提供精子による体外受精、提供卵子による体外受精、提供胚の移植を容認。)。
2.代理懐胎(代理母・借り腹)は禁止。
3.精子・卵子・胚の提供者の条件等では、精子提供者は満55才未満の成人、卵子提供者は、既に子のいる成人に限り、満35才未満とする。精子・卵子・胚提供に係る金銭等の対価授受を禁止。精子・卵子・胚の提供は匿名とする。兄弟姉妹等からの精子・卵子・胚の提供は、他に提供者が存在せず、十分な説明・カウンセリングが行われ、金銭等対価供与がなく、子の福祉や提供者に対する心理的な圧力の観点から問題がないと公的管理運営機関が認めたときに限り、匿名性が保持できない者からの精子・卵子・胚の提供を容認。非配偶者間ARTの実施及びそれに用いる精子・卵子・胚の提供に際して、事前に当事者夫婦への書面による同意と当事者夫婦に対する十分な説明とカウンセリングの機会の保障を求める。
4.規制方法では、営利目的での精子・卵子・胚の授受・授受の斡旋、代理懐胎のための施術・施術の斡旋、職務上知り得た人の秘密を正当な理由なく漏洩することについて、罰則を伴う法的規制を課す。
5.条件整備で、親子関係確定に関して、a.非配偶者間ARTにより子を出産した者をその子の母とする、b.妻が夫の同意を得て非配偶者間ARTで出産した子はその夫の子とする、c.精子・卵子・胚の提供者は、非配偶者間ARTにより生まれた子の父母とされない。
6.出自を知る権利では、a.非配偶者間ARTにより生まれた子は、成人後、その子にかかる精子・卵子・胚の提供者の個人情報のうち、提供者を特定できず、提供者がその子に開示することを承認したものを知ることができる。b.非配偶者間ARTにより生まれた子は、結婚した場合に近親者とならないことの確認を求めることができるとしています。
7.非配偶者間ART実施医療機関指定に関して、公的審議機関の意見を基に国が指定した医療施設以外での非配偶者間ARTを行うことはできない。
8.非配偶者間ART実施に関わる体制として、必要な提言を行う公的審議機関、管理運営を行う公的管理運営機関を設ける。
9.実施時期で、実施に必要な制度整備を遅くとも3年以内に行い、必要な制度整備がされるまでは、提供精子による人工受精以外の非配偶者間ARTは実施されるべきではない。実施の開始から一定期間経過後に、その実施状況や国民世論等を勘案し、非配偶者間ARTのあり方(兄弟姉妹等からの精子・卵子・胚の提供及び出自を知る権利)の必要な見直しを行うべきである。】

▲日本産科婦人科学会も、会員の非配偶者間ARTの実施という事態を重視し、匿名の第三者が提供した精子や卵子の非配偶者間ART(厚生省専門委員会とは異なり、近親者からの提供は除く)を容認しています。

▲厚生労働省は、日本に殆どない不妊カウンセラ−養成、医療機関が適正なカウンセリングや検査、治療を提供するための体外受精マニュアル作成を考え、法務省も不安定な親子関係の確定のため、民法改正を諮問する方針です。

 6)生殖補助医療技術の諸問題

 EBM「科学的証拠に基づく医療」が要求され、治療成績の情報提供も要求される時代です。しかし、低い成功率、ここで触れる未解決な諸問題からみて、先進生殖補助医療は、十分な科学的証拠がそろった医療EBMとは、現時点では残念ながら言えません。
1.妊娠率・生産率の頭打ちと流産率の高さの問題:
 生殖補助医療技術で治療周期当たり赤ちゃんを得る確率・生産率は、先の調査でも20%弱程度であり、体外受精を1回試み出産に至る確率は12%、3回以内にできない場合は、確率は更に下がるという報告もあります。妊娠・生産率が頭打ちや高い流産率の原因は不明な点が多く、卵や精子の質の問題、未解明な部分の多い着床や免疫学的問題、染色体異常の問題など、現在も研究が続けられており、全てが解決されているわけではありません。
 体外受精での妊娠率は約20%強と言われ、5回体外受精を受ければ、必ず妊娠しそうな感じですが、それは誤解です。累積妊娠率(一定期間内に何人妊娠するかを示す数値、妊娠する能力がある普通のカップルが1か月で20%妊娠すると累積妊娠率0.2 と表現)という考え方があり、体外受精や人工受精では治療周期当たりの妊娠率を指し、治療効果の指標となります。体外受精の妊娠率20%として、5周期目の累積妊娠率は0.67程度で、三分の一のカップルは妊娠をしないことになり、回数を重ねるに従い妊娠率は低下し、40才以上の体外受精の初回妊娠率は15%程度、回数を重ねるごとに低下し、4回目以降の累積妊娠率はゼロに近くなり、ほとんど妊娠は期待できないとの報告もあり、累積妊娠率0.1 、0.2 、0.4 の場合の累積妊娠率は、4〜5回目以降、ほとんど上昇せず、その治療の継続が無益なことを意味しています。

★治療に際し、その治療法がどの期間まで有効か、累積妊娠率も含め情報を十分聞いておく必要があります。不妊患者の中には、治療を重ねるに従い精神的に追いつめられ、うつ状態に陥る方もあります。これらの情報を医師が患者さんに十分説明すれば、自分では子供はもうできないのではないかと内心思いつつ、医師の励ましが逆効果になって、追いつめられていく患者さんを減らすことができるのではないでしょうか。(参考:東京虎の門病院・佐藤孝道先生)
▲自然妊娠でも約15%程度の流産は避けられません。重篤な先天異常や染色体異常の胎児が、自然淘汰されているという説、生存・救命不可能な胎児が妊娠中に死亡し流産しているという説もあります。一方、体外受精の流産率は20%強と自然妊娠の場合より何故か高くなります。その原因に、先天異常や染色体異常の存在も言われていますが、今後の研究に待たなければなりません。

2.多胎妊娠増加の問題:
 多胎妊娠率は20%程度とされ、体外受精の急速な普及と関係があり、3胎以上の妊娠の2/3が体外受精で発生しており、排卵誘発法と移植胚の数が問題になります。
 多胎妊娠では母子に及ぼす影響が問題で、妊娠高血圧症候群の発生率が約5倍、貧血が2倍、羊水過多症が10倍、前期破水が3倍、早産が約10倍に上がると言われ、22週以降の周産期死亡率は、胎児数が増えるに従って上昇するという報告があります。体外受精の普及と共に全国で多胎妊娠が増え、未熟児や超小未熟児が増え、周産期死亡率や新生児死亡率も上がるわけです。
 新生児の後遺症も、出生1年以上経過したものでは、3つ子は3.6%、4つ子が10.2%、5つ子が30.8%と胎児数の多いもの程多くなり、脳性麻痺、精神発育障害、未熟児網膜症が多くなります。
 未熟児増加に伴い、新生児集中治療室のベッドが不足し、地域未熟児医療を圧迫します。医療費の増加の問題もあります。多胎の場合の両親の経済的・肉体的・精神的負担も問題です。用語説明に記載の多胎の減数手術が出てきたわけで、3胎で23.9%、4胎以上で63.4%が減数手術を受けているというデ−タもあります。
 1996年日本産科婦人科学会は、移植胚数を3個以内に制限する会告を出しました。移植数を多くしても、3個程度で着床率は横ばいになる医学的理由からですが、3個移植率は36%程度で、会告が守られていない現状があります。尚現在の会告では原則1個、症例により2個までとされています。
▲排卵誘発法の工夫改善も行われ、多胎妊娠を1/2から1/3に減らせる可能性が示唆されていますが、排卵機構には未解明部分もあり、完全に成功しているとは言えません。また全ての不妊専門医がこれらの改善策を検討採用しているかは疑問があります。

3.適応拡大の問題(体外受精以外に他の治療法がないのか):
 厚生省調査でも診療所レベルでは、大学病院や一般病院に比べて、体外受精実施率が極めて高いという結果があり、本来の適応以外にも、安易に体外受精が行われている可能性が推測されます。厚生労働省が体外受精の検査、治療、カウンセリングのガイドラインを検討し始めたのも、その理由からです。
 顕微授精が体外受精の3分の1近くあり、出生数120 万として150 の出産に1つは生殖補助医療が行われていることになります。
 顕微授精は、本来は男性の精子数が極めて少ないものに応用する治療法、体外受精−胚移植は卵管性不妊の治療法で、これ以外の方法では妊娠の可能性がない場合に適応があるとされています。本来、別の治療を選択すべき症例への適応の拡大の可能性も考えられ、男性不妊や機能性不妊という原因不明の不妊症への適応拡大が起こっているという指摘、安易に顕微受精に走っていないか、顕微授精の適応が本当に正しいのかという問題が指摘されています。

▼男性不妊の原因には、特発性(原因不明の意味)造精子機能障害59.9%、精索静脈瘤30.5%、染色体異常2.2%、閉塞性無精子症(造精子機能は正常)4.6 %、前立腺炎0.7%、逆行性射精0.9 %と言われ、精索静脈瘤は手術療法が非常に進歩し、最近では手術した症例の50%で妊娠したとの報告もあります。

 産婦人科で行っている顕微授精の殆どは閉塞性無精子症が対象ですが、小児期のヘルニア手術で誤って精管を結んでしまった症例や炎症で詰まってしまった症例に対して、現在では顕微鏡下で手術が行われ始め、妊娠率も23.8%と顕微授精と変わらない良成績を上げている報告もあります。この手術は保険も通り経済的負担も少なく、先ずこれらの治療をやって、どうしても妊娠しない症例の場合に顕微授精に移行すべきというのが泌尿器科の意見です。

4.副作用の問題:
 体外受精も含め不妊症治療では、排卵障害の排卵誘発の制御が困難で、多発排卵による多胎や卵巣過剰刺激症候群(卵巣がはれる、腹水や胸水が溜まる、血栓症・脳梗塞)の副作用・合併症頻度が高く、死に結びついたり麻痺を残す可能性のある副作用もあり、その対策に医療現場は苦慮していましたが、近年これらの防止対策も研究され、全く副作用がゼロにはなりませんが、改善されつつあります。

5.法的規制の問題:
 ヨ−ロッパ先進国では、体外受精などは認定された機関で行われ、公的機関からの情報提供も行われています。
 わが国では国民的合意もなく、法的・倫理面などの整備は未解決のままで、民間医療機関でも進んでいます。日本産科婦人科学会のガイドラインや会告と登録施設の調査報告、各医療機関独自の倫理委員会などで対応している状況ですが、この学会は任意加入の会で、全産婦人科医が強制的に加入しておらず、規制から漏れる医師が存在し、違反者に対する監視制度や罰則規定もなく、体外受精の登録・報告制はあるが、詳細な報告が義務づけられてはおらず、法学者・生命倫理学者から批判や問題点が指摘されています。
 十分な情報開示(特に公的な機関による一定の基準、評価指標に基づいた情報提供)も行われていません。

▼日本医師会・第4次生命倫理懇談会「高度医療技術とその制御」についての報告で「医療・医学とは単純な自然科学、科学技術ではないにもかかわらず、最近では、医師自身がもっぱら自然科学者、科学技術者として振舞う姿が目立つようになった。それにより、多くの成果が得られ、高度医療技術が進歩したことは認めるが、もはや、そのような姿勢の単なる延長では済まされないことは、多くの人々が指摘するところである」と強調しています。
★今や、急速に進歩する生殖医療、生殖医療現場に対して、学会だけの対応では追いつかない問題が増えてきています。

▲現明治学院大学助教授拓植あずみ氏が、不妊治療を行っている産婦人科医35人にインタビュ−し、生殖補助医療を「個人・産婦人科医として容認」の医師は2人に過ぎず、「医師として体外受精や配偶子の提供、代理母などは認めるが、個人としては受け入れられない」が最も多く、「医師としては認めるが、個人的には非配偶者間の人工受精は受け入れられない」は40代以前の若い層に多く、「医師・個人としても配偶者以外の卵子や精子が関わる技術は認めない、反対する技術は希望されても行わない、他人による実施は裁量権として認める」というパタ−ン、「医師・個人としても認めず行わない」というパタ−ンの5つに分類され、医師と個人の立場を使い分けている積もりのようだが、医師の立場に個人の価値観や信条が反映されていることに無自覚なケ−スが多いと分析しています。


★産婦人科医が、経済的理由などで不妊治療に走る風潮、女性週刊誌・マタニティ雑誌・ホ−ムペ−ジなどでの過剰な宣伝まがいの記事の氾濫(カリスマ的医師の紹介)、不妊治療機関のチェ−ン店化、生殖医療現場のいわゆる「家畜の種つけ」的風潮と生命の尊厳の喪失の恐れ、生殖医療者の奢り(我こそは不妊治療の救世主、神の手を持つ医師などの記事)の問題が指摘されています。
★実際に不妊治療を行っている産婦人科医ですら、自分自身の問題となった場合の感覚や対応が千差万別であるという事実は、医師のエゴと感じる方もおられようし、生殖医療技術の問題の難しさ、複雑さでもありましょう。

★産婦人科医として、医学の進歩と恩恵に関する知識は必要でしょうが、国民全ての、そして自分自身の問題として、種々の問題や批判を受け止め、各層の方々との討議も行い、社会・国民に正確な情報を伝え、啓蒙してゆくべきだと思います。何より問題なのは、不妊現場での「いわゆるインフォムド・コンセント」の不備ではないでしょうか。

 不妊症の患者さんに、先ず、不妊症の原因、治療法の幾つかの選択肢の提供、治療の効果や危険性(先天異常児出生の可能性など)、治療に要する費用と期間、現在の法的問題点を含め、生まれてくる子供の権利などに関する法的保護の不備、将来起こり得る子供の出自を知る権利の問題などの十分な説明が、生殖医療現場でどこまで正しく行われているかが問われていると思います。

6.非配偶者間人工受精(AID)と精子提供の問題:
 夫以外の他人の精子を使う非配偶者間人工授精で年間188 人が生まれ、国内で50年以上にわたって行われていますので、既に実の父親を知らない子供たちが1万人以上、一説には2〜3万人生まれていると言います。1949年8月、慶応大学での第1児誕生が始まりで、1人の精子提供者(医学生が暗黙の了解)からの誕生子数は50〜20人と想像され、提供者1人からの誕生子数制限を10人以内(イギリス)、5人まで(フランス)に比べ、多過ぎるのも問題とされ、将来的な血族結婚の増加の危険性が心配されるわけです。誰の精子を誰に提供したかの記録は保存されていないとされ(完全匿名性)、将来子供が自分の父親を知りたいと希望した場合の出自を知る権利を保障するかどうかの是非とからみ、問題が残っています。
▼暗黙の了解で行われてきたAID について、日本産科婦人科学会は平成9年に営利行為を禁じた上で容認しました。

▲精子提供については、種々の問題が起こっています。
 アメリカでは、150 近い精子バンクがあり、精子を買う人が払う値段は授精1回分が100 〜200 ドルと云われ、ノ−ベル賞受賞者の精子を募集(ノ−ベル・バンク、精子の値段は3000ドル)、知能指数130以上の科学者15人の精子提供者が登録され、1998年3月現在、16年間で223 人の子供が誕生しています。死後の受精・出産の可能性もあります。

 日本でも、不妊症の夫婦のみならず独身女性も対象に、150 万円(精子提供者に30万円の報酬)でインタ−ネット上で募集する業者が現れ、希望女性を精子提供者と会わせ、親権や財産相続など一切の権利、義務が双方に生じないことを同意させた契約書を作った上で、200 万円程度の精子斡旋料で提供し、既に複数の未婚女性が出産していることを明かにしています。
 
 日本産科婦人科学会は、未婚女性への非配偶者間人工受精を認めておらず、厚生省厚生科学審議会で検討中のさなかでの出来事ですが、生まれてきた子供にまで、その契約が及ぶかどうかなど、倫理的・社会的に問題があります。

★精子の商品化、そして子供の差別化(品質改良、優秀な子は欲しいが、思いどおりでない子は不要)と親のエゴによる子供の商品化の危険性があります。

 非配偶者間人工受精での最大の問題は、生まれてくる子供の父親が、遺伝子上の実の父親ではないことで、子供の地位の問題があります。

 スエ−デンでは、ハパランダ事件という有名な事件で最高裁判決が出され、人工受精法を作り、生まれてくる子供の自己の出生に関するアイデンティティを知る権利を保障していますが、日本では法律が後追いし、現時点では、民法の772 条第1項「婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定し、夫は出生から1年以内に限り、自分の子でないと提訴できる」という規定しかありません。
 既に、夫の了解を得ずに他人の精子を使った非配偶者間人工受精で生まれた女児の親権をめぐる裁判があり、平成10年12月に大阪地裁で「夫婦間で署名押印した契約書が作成されておらず、人工受精に対して夫の合意があったとは認められず、夫が第三者の精子でできた子の父となる理由はない」との判決が出ています。また1998年8月、離婚した元夫婦がAID児の親権を争った即時抗告審の決定で、「夫がAIDに同意した場合は、血のつながりがなくても夫の子と認められる」という東京高裁判決があります。90年に結婚、夫が無精子症で子供ができず、夫婦同意のもと匿名の第三者から精子提供を受けるAIDで94年に子供が生まれ、97年に離婚、どちらも子供の養育を求め、1審の新潟家裁長岡支部は元夫を親権者と指定、不服の妻が即時抗告した事例です。
★わが国では現時点で2例ですが、アメリカでは代理母も含め多くの裁判が起こっています。離婚増加が顕著なわが国です。更に増える可能性があります。

★夫婦が納得して行ったのだから親子関係に問題はないとの意見もあります。しかし、離婚や相続などで親子関係が問題になるのは、子供が成長してからが多く、法的裏付けがないと子供の不利益は防げない可能性があります。

 親の都合や欲望で生まれてきた子供の法的な権利・地位が無視されているとは思いませんか。子供に対する視点が抜け落ちたまま、他人の精子や卵子、胚の提供が続けられる問題に対して早急な検討が必要ではないでしょうか。

 無精子症の夫婦に、夫の父親の精子で人工受精を実施、5例が出産したとの開業医の報告があり、兄弟だと秘密が漏れる可能性があるが、父親なら自分から出自を漏らす恐れはないと理屈づけています。妹の卵子で体外受精し、姉妹だと信頼関係が保たれるという理屈、他方で兄弟の精子では秘密が漏れる恐れがあるからと第三者の精子で人工受精が行われている実情があります。
 その時、その事例で、安易に勝手な理屈をつけているように感じるのは私だけでしょうか。

7.卵子提供と胚提供、胚保存(凍結受精卵)の問題:
 1回の射精で億も出される精子提供と卵子提供は、少し問題が異なります。
 自然の状態では、約28日に1回1個だけしか排卵しない卵子を、人為的に体外に取り出すのは精子ほど簡単ではありません。1度に複数の卵子を採取するためには、採取前に排卵誘発剤を使い、腟またはお腹に針を刺し採卵します。排卵誘発剤の副作用、身体的負担、リスクを考えておかなければなりません。
 また精子同様、卵子提供もビジネス化する恐れもあります。
 アメリカでは、既に、健康で長身で学力優秀な女性の卵子を約600 万円で求める個人広告が出たり、写真家がファッションモデルの卵子をインタ−ネットで競売、440 万円で申し込みがあったなどの報道もあります。

 平成10年長野県の医師が、妹の卵子と夫の精子で体外受精、妻の子宮に移植し双子を出産したこと、第三者の精子を用いた体外受精でも2組の夫婦が出産、以後も計9人が誕生したと公表し、友人など肉親以外の卵子提供でも、信頼関係を確認した上で体外受精を実施すると宣言しています。
 肉親でも友人でも、その時点での信頼関係が永遠に続くという保障が、移り気で種々の環境や価値観も変化する人間で得られるのでしょうか。

 匿名の第三者からの精子提供では、子供の法的地位は、現在のところ、不完全ながら民法の条項が適応されていますが、第三者からの卵子提供で生まれた子供は養子で認知という形が取られているようですが、将来の法的地位に完全な保障はない状況とも言えます。また、近親者などからの卵子提供では、その時点で書類で確認するだけでは不完全・不十分で、将来的に親子関係が発生しない法的規定が必要との意見があり、非配偶者間ARTで生まれた子供が、将来本来の親の相続権を主張する隙間のない法的規定も必要といわれています。

 法務省・法制審議会の「生殖補助医療関連親子法制部会」で検討が始まってはいますが。

 過剰とも言える生殖補助医療に関する情報が、正しく伝わっているかどうかは別にして、現実に目に入る以上、自分の子供が欲しいという価値観が強い夫婦にとっては、精子でも卵子でも受精卵でも、他人から提供を受けてでも、他者の子宮を借りてでも、また成功するとは限らなくても、可能な生殖補助医療を受けたいと願うのは当然と言えるかも知れません。

 しかし,DNAでの親子関係の鑑定はほとんど完全に可能な時代です。子供がその気になれば、提供精子や卵子・胚から生まれたことを隠すのは困難とも言えます。複雑な過程で出生した子供が、将来自分の出自を知りたいと言い出した時、親はどう対処するのでしょうか。親と血の繋がりがないという事実を知った子供の苦しみは、誰が、どうやって解決するのでしょう。

 また子供が知ることができるのは、提供者の身長、学歴などで、個人を特定する情報提供は否定されている規定がほとんどです。
 しかし子供にとって、提供者の身長や学歴など何の意味もなく、自分がどこから来たのか、本当の親は誰なのかという疑問の答にはなりません。

 現在、子供たちの置かれている状況は、親の虐待など厳しいものがあり、また親子関係も昔ほど緊密ではなくなったという学者もいますし、家庭内暴力や引きこもり、切れる子供など、多くの問題が噴出しています。

 子供が事実を知り悩み暴力を振い出した場合など、遺伝上の親でない父や母が、子供に永遠に愛情を持ち続け得るのだろうか、養育を放棄する可能性はないのかと心配になります。自然妊娠で子供を得た家庭でも、将来のトラブルなど、家庭環境はどう変わるか分かりません。まして、複雑な過程で生まれた子供たちが法的に保障されていない現状には不安があります。

★生殖補助医療全体に、大人や親の都合を優先する論理はありますが、複雑な過程を経て生まれてくる子供に対する視点、子供の健康、幸福、人権や福祉を含めた優しさが抜け落ちてはいないでしょうか。

▲さて立花隆先生によると、今、現実的に大問題なのは、体外受精で未使用の凍結保存される受精卵で、アメリカでは毎年、万単位の数で増えているそうで、既に数十万に達しているとの予想もあります。日本でも体外受精は普及しており、相当数の受精卵が凍結保存されている可能性があります。凍結受精卵は「人間」なのか「もの」なのか、それ以外にも関連した倫理上の問題が起きています。提供した人間より、凍結受精卵の方が、はるかに長期間(100 年でも可能)生き延びる、凍結受精卵の形で世代を超えて生き延びるわけで、所有権も含め問題は未解決のままです。受精卵をどうするかの決定権は両親にあるわけですが、両親が離婚したり、どちらかか共に死亡する場合も起こり得るわけで、この受精卵の取扱はどうするのでしょうか。

 外国では、両親が死亡し、凍結受精卵に相続権があるかどうかの裁判や離婚した夫婦間で所有権を巡って争われた事例があります。娘さんが病気で死亡、凍結保存受精卵を代理母を使って両親が生ませたいと希望、病院が許可しないとう事例もアメリカで起こっているそうです。

 日本のある病院の凍結受精卵の保存凍結期間は1年、希望すれば5万円の費用で1年毎に更新でき、ある婦人は1度に採卵、受精させた複数の受精卵を数年毎に体内に戻し、3人の子供を産んだと言います。自然の形なら、3卵性の3つ子となる筈が、時間を置いて、年の違う兄弟姉妹となって、この世に生まれてきたわけです。私には状況が生理的に理解できませんが。

8.生殖補助医療と先天異常の問題:
 体外受精による先天異常増加の危惧は当初から問題でした。不妊原因の50%が男性因子と言われ、男性不妊患者の染色体異常に関する報告では、無精子症の13%(性染色体異常が多い)、高度乏精子症の6.4%(常染色体異常が多い)に染色体異常を認めたと言い、次世代への影響など多くの問題があります。

 特に、卵細胞にピペットで精子を注入する顕微受精「ICSI」が増加していますが、異常胎児や胎芽の淘汰率が極めて低い性染色体異常や遺伝子異常の増加が指摘され、重度の先天異常は自然妊娠の2倍という報告もあります。

 不妊症が元来持つ遺伝的問題が関係しているのか、胚の人工的操作に起因するのか、淘汰の障害に起因するのか、学問的に未解明のまま進んでいます。

 また、高度な乏精子症や無精子症の患者のY染色体には、Azoospermia Factorという遺伝子異常があり、父から息子に引き継がれて行きます。顕微受精で生まれた男の子に、それらの遺伝子が引き継がれ、その子も父と同じ男性不妊の人生が待っていることのインフォ−ムド・コンセントも必要です。

 自然妊娠では億ともいう精子が1匹選択されて受精が成立しますが、顕微受精の最大の問題は、1匹の受精精子の選択を医師個人の裁量で行う事です。正常男子の精子でも9%の精子は染色体異常を伴うとされ、医師に生命選択の権利や正常精子選択の能力が存在するのかと言う医学的・倫理的問題と共に、異常精子の卵子内注入による異常児出産の危惧は常に付きまとうわけです。

 7)その他の問題(代理出産・クロ−ン技術・胚性幹細胞ES細胞・臓器移植)

●代理出産
 日本人の代理出産は、ほとんどアメリカで行われ、代理母への謝礼、医療費、渡航や滞在費など1000〜2000万円が必要と言われますが、代理出産に伴うトラブルは少なくなく、双子だから、障害を持つ子供だから、依頼人が離婚したからなどの理由で受取を拒否、逆に代理母が子供の引渡しを拒否する(1%程度あると言う)事例などが言われています。
 代理出産の問題の1つは、営利につながる恐れがあることで、アメリカでの代理出産での代理母への謝礼は200 万円程度と言い、多くの代理出産は、報酬を伴うビジネスとして行われている現実もあります。

 もう1つの問題は、妊娠・出産に伴うリスクを他人に背負わせることの是非です。リスクを背負わせる権利が、依頼夫婦や医師にあるのかという問題です。代理母に事故が起こった場合の責任は、誰が取るのかという問題も起こり得ます。生体臓器移植でも言われることですが、代理母を依頼されたり、依頼される可能性を持つ当事者に、大きなプレッシャ−をかける恐れもあり得ます。

 更に問題点の1つに、「母子関係は妊娠中からはぐくまれる」、「産んだ子供を手放す母親への心理的悪影響とその子供への影響」などを指摘、代理出産は母子のきずなの点でも不自然という意見もあります。不妊治療での子供の心理や乳幼児の精神医学的視点の欠如が指摘されています。
 13年5月19日、30才代女性の卵子と夫の精子で体外受精、受精卵を実妹の子宮に移植、出産した国内初の代理出産をまたまた長野の医師が公表し、ここでも、患者が望むからという理由付けで行われています。厚生労働省の専門委員会が昨年12月に「人を生殖の手段として扱うもので許されない」として罰則付きで禁止の方針を打ち出した矢先で、賛否両論、種々の論議を呼んでいます。

●クロ−ン技術と胚性幹細胞(ES細胞)
▲1996年、世界初の体細胞クロ−ン羊「ドリ−」誕生が大きく報道され、最近、アメリカのある宗教団体やアメリカとイタリアの医師がクロ−ン人間計画を企てています。しかし、「ドリ−」の染色体の末端のテロメア(老化や寿命に関係する)が短いことを産みの親のポ−ル・シ−ルズ博士が指摘し、もう一人の産みの親のイアン・ウイルムット博士は、クロ−ン技術は流産や異常発育の危険が大きく、人間に試みるのは無責任だと警告しています。動物での成功例の影に多くの失敗例があること、体細胞の核を移植した卵子で子宮に戻せるのは全体の数%しかないこと、子宮に戻せても多くは誕生前に死亡、誕生にこぎ着ける例は極く少なく、しばしば通常より体が大型化していて健康に見えても、免疫不全や腎不全、脳機能不全を起こす例もあり、人間も同じ結果になるだろうと警告しています。最近は多くのクロ−ンの異常に関する研究が報告され、遺伝子異常など、一見健康そうなクロ−ン動物に問題が隠れている可能性が指摘され、少なくとも人間のクロ−ンは作るべきではないとの意見が多くを占めて来ました。

 イギリスなどに続き、日本では、12年12月30日、「ヒトに関するクロ−ン技術等の規制に関する法律」(クロ−ン人間禁止法)が可決、13年6月から施行されました。
 具体的には、1.核を抜いたヒトの未受精卵にヒトの体細胞の核を移植して作るクロ−ン胚、2.ヒトの卵子と動物の精子を受精させた胚(ハイブリッド)、3.ヒトと動物の細胞を混ぜ合わせた胚(キメラ)を、ヒトや動物の母体に移植することを禁じました。

 アメリカ下院も13年7月31日、クロ−ン人間だけでなく、妊娠を目的としない医学研究のためのクロ−ン胚の作成も禁止する「クロ−ン全面禁止法案」を可決しています。ブッシュ大統領も6月に全面禁止を支持しています。
▲1981年、アメリカでマウスから、胚性幹細胞ES細胞を分離培養し、1984年にはこの細胞を他のマウスの初期胚に注入し、仮親マウスとの融合(キメラ)マウス作成に成功し、様々な細胞ができることがマウスで確認され、1998年、アメリカでヒトの胚性幹細胞が開発され、再生医学への応用、細胞や臓器移植への応用、疾患の治療への応用など、夢の細胞と、一躍脚光をあびると同時に、倫理面での問題を指摘する声が上っています。

 2000年12月、科学技術会議・ヒト胚研究小委員会は、ES細胞の研究を、厳しい枠組みの下で容認するとの報告書をまとめ、一方2001年8月、総合科学技術会議・生命倫理専門調査会は、当面ES細胞をヒトに適用する臨床実験は行わないことを明記した指針案を出しています。2001年8月9日、ブッシュ大統領がヒト胚細胞研究に対する連邦予算支出を認めた「歴史的決定」に対し、アメリカでは宗教界も巻き込んで、賛否両論がうず巻いています。

●臓器移植
 1997年6月17日、臓器移植法が衆参両院を通過、日本も遅ればせながら、脳死臓器移植の第一歩を踏み出し、高知県の事例が第一例になりました。
 脳死は人の死か、救命医療が疎かにされないか、救命医療の進歩を妨げないかなど、賛否両論を経ての成立でした。

▲立花 隆氏の問題提起を、共に考えるために掲載させていただきます。
 [脳死は本当に人の死なのかという根本問題は、依然として未解決で、外国でも疑問の声が上り始めている。脳死臓器移植の推進論者の死の定義は、ポイント・オブ・ノ−リタ−ン(最終的な死に向かっての不可逆点)を過ぎれば、人の死だという点にあり、そのポイントは、いわゆる「竹内基準」で見分けられると主張している。しかし、脳の「低体温療法」の発達で、従来、ポイント・オブ・ノ−リタ−ンとされていたポイントが大幅に動き、救命可能領域が拡大している。
 しかも「竹内基準」の無呼吸テストをしなければ助かるのに、それをしたが故に、患者を死なせてしまう恐れがあることが指摘されている。
 脳死を機能的に定義する限り(今脳の働きがなく将来とも脳の働きは戻らないと判断されたら死とする)、その時、本当に脳細胞は器質的に回復不能になっているのかという点に疑問が残る。脳細胞は機能しなくなっているが、もしかしたら、まだ回復可能かも知れない状態があるはず、脳細胞の「眠れる森の美女」という状態があるはずというのが私の主張である。低体温療法による救命可能領域の拡大は、こういう状態があって、初めて可能になる。


 欧米で「高圧酸素療法」による脳損傷患者の救命事例が報告され、同じ問題が認識され始めている。頭部外傷・脳卒中・脳性麻痺・中毒などで昏睡状態にある患者を、16気圧に加圧した高圧容器の中に入れ、加圧純粋酸素を吸わせる療法で、これによって、深刻な脳損傷で植物状態になり、回復見込みがないと宣言されていた患者の中から、奇跡的回復をとげる患者が何百人も出てきた。この療法で全ての脳損傷患者が回復できるわけではない。
 そこを分けるのは、脳血流の程度である。脳血流量が必要量の30%を下回ってしまうと、数分から数時間で死んでしまうが、低下量が20〜30%以内なら、この療法が効果を発揮する。血流があるレベルまで下がると、神経細胞は電機活性を失い、情報伝達・情報処理をしなくなる。その結果、意識活動・生理活動をコントロ−ルする脳機能を失ってしまう。

そういう機能障害が起きた時、今の脳死判定の立場では、脳は死んだ、不可逆的機能障害を起こしたと判定してしまうが、血流低下が20〜30%以内に止まっていれば、神経細胞は電気活性を失うが、細胞としては生きており、細胞膜のイオンポンプなどは働き続けている。細胞が生きのびるために必要な最低の代謝活動は維持しているから再生が可能なのだ。こういう状態の時、脳波計などで電気活動を検査しても何も観測されないが、代謝活動を見ることができるシングル・フォント・エミッションCTなどで調べると、微弱な代謝活動を示す半影状態が観測できる。そういう状態の時には、高圧酸素療法で脳細胞を眠りから覚ますことが可能である。まだ未解決な治療法ではあるが、これまで見放されてきた患者が助かるようになったことは確かである。
 脳死移植にゴ−サインが出ると、医療現場によっては移植の方にプライオリティが与えられ、脳損傷でほとんど助かる見込みのない患者への救命治療がないがしろにされる恐れがある。
 低体温療法・高圧酸素療法など、新しい医療技術の進歩で、救命治療の限界点が拡大されつつある今こそ、この点が力説されなければならない。]

★脳死臓器移植は、他者の死・臓器提供という無償の奉仕精神が前提であり(立花氏)、更にHLA型抗原の一致が前提になります。
 移植が失敗して死亡する場合、多くの事例で拒絶反応と細菌感染が大きな原因となります。HLA型が一致する確率は、数千万分の1以下で、現実には、HLA型が完全に一致している例はほとんどなく、拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤が不可欠となり、免疫抑制剤による拒絶反応抑制のメリットと感染症発生の危険のデメリットとのバランスの戦いとなります。

▲臓器移植の世界における成績=The International Society For Heart and Lung Trasplantation,16th AnnualReport(99年4月)
 心 臓心 肺 肺
例  数43,9362,3508,281
1年生存率79.40%61.00%71.20%
2年生存率75.30%53.80%62.60%
3年生存率71.90%48.90%55.40%
5年生存率65.20%40.00%43.30%
10年生存率45.80%25.70%デ−タなし
★この成績が良いのか、もう一つなのか、私には判断できません。夫々の人生観で選択される問題かも知れません。
▲また、過去に我々が馴染んできた「心臓死」から、「脳死」という臓器移植のための妥協的な死の概念が取り入れられたため、脳死判定や救命治療や臓器移植過程での厳格さが要求されます。
 最近、腎臓移植ネットワ−クを母体にした「臓器移植ネットワ−ク」という組織の私物化など不明朗さがマスコミに取り上げられましたが、このネットワ−クが移植患者の選定をする唯一の組織であるだけに、不安も感じられます。

▲臓器移植にはお金もかかります。免疫抑制剤は一生使う必要があります。
 ある報告では、外国で心臓移植を受けた日本人30人中、自費が13人、募金または基金からの借入が17人で、日本人がアメリカで移植を受けた場合、退院までが平均2,840 万円、移植した年に3,270 万円が必要としています。     
 別の報告では、腎移植で1年目が約555 万円、2年目以降120 〜180 万円、心臓移植で1年目1000万円、2年目以降120 〜180 万円が必要と言います。

▲一方、移植用の臓器の慢性的な不足の中で、インドやフィリッピンなどでは、臓器売買、臓器の商品化が問題となっていますし、中国では死刑を執行された人の臓器摘出の疑惑が報じられました。
 臓器移植先進国のアメリカでは、臓器移植を進めるために、安全性の確認されていない免疫抑制剤、人工心臓、ドミノ移植、更に「無脳児」からの臓器摘出など、何か危険な雰囲気の中で、臓器移植は歩んでいるような気もします。

 8)最後に

 他にも、出生前診断、受精卵遺伝子診断、遺伝子診断や遺伝子治療、ヒトゲノム解析など、人間は過去には不可侵であった領域に踏み込み、多くのメリットと共に社会的、法的、倫理的問題が出てきています。

 遺伝子診断では、個人の遺伝子情報の保護も必要です。


 高度な技術が、比較的簡単に誰にでも可能になった反面、実施者が誰でも何処でも、社会的・倫理的・法的問題を起こす可能性も出てきます。


 これら先進医療には未解決な問題が多く、今後の追跡調査や情報開示を含め、種々の検討課題があり、科学的証拠に基づく医療EBMとは未だ言えないところがあります。

 価値観の多様化が重視され、子供のない人生を選択する夫婦、戦争孤児や難民の子供を養子にする夫婦もいます。子を持ちたいという思いは理解できますが、この願望が無条件の人権とも言えず、医師側も技術的に可能で患者が希望するから医療行為として許されるという構図が、全ての場合に成り立つのかという配慮も必要で、社会的・倫理的・法的・医学的障害が起こり得る場合があることを忘れてはいけないと思います。

 子供の法的補償が不十分な今、要求があるからといって医師が先進医療技術を何が何でも使うことが正しいとばかり言えるのでしょうか。

 何か落とし穴が潜んではいないでしょうか。

 患者さんの希望に応える時、これら技術が新しい命を創り出すことを思い、生命の尊厳に対する畏れと謙虚さ、そして生まれてくる子や当事者の幸福・福祉を忘れないことが望まれます。

 人工的に生命を作り出し、出生前の受精卵診断で選別し、不要なものは廃棄するという障害者差別に繋がり兼ねない考え方に、倫理的違和感を感じるのは、一部学者や素人の私だけでしょうか。

 先進医療を自分や家族に利用するか否かは、夫々の人間の価値観や死生観の問題で、他人がとやかく言うなと言う意見もあります。アメリカのように、患者の自己決定権を尊重すべきで、倫理的・宗教的など様々な理由をつけて、価値観や社会的・文化的多様性の存在を許さない過剰な制限と介入に批判的な生殖医療医師もおられます。

 しかし、産みの親、育ての親、遺伝的な親という複雑な親子関係が出てきても法的に不備なまま進むのか、規制がなくヒトを含めた異種間生殖すら可能な時、先進医療の応用は、まさに実施者の倫理観や社会観にかかっているわけで、少なくとも、法的な問題の検討が前提となるべきで、更に公平な基準をもとに第三者的機構による情報開示(密室で行うのではなく)の上で、国民的な検討や合意が必要ではないかと思うわけです。


 科学者として「ここまでできる」発想から脱却し、「ここからは、してはいけない」発想、このまま突き進んで良いのか、少し立ち止まった反省も求められているのではないでしょうか。

 Beachampは、生命倫理の4大原則として、1.個人を尊敬する、2.他人に危害を加えない、3.最善のものを与える、4.正義、と定義しているそうです。


 日本人が、戦後経済復興に目を奪われ、精神的な大切なものを忘れ、欲望を満たす方向に突き進んだことが、今の「人を信じられない社会」を作り、子供たちを「いじめ」、「切れる状態」に追いつめたのかも知れません。

 可能だからといって人間の欲望のおもむくままに突き進むことで、大切な何かが、また失われてしまう不安を感じます。我々は大変な時代へ足を踏み入れたのかも知れません。


 科学者が進歩する技術を前にして、個人的満足のため、人間の驕りや欲望に負け、社会にとって悪い方向に使うと言った事例は歴史が証明しています。生殖医療や人ゲノム計画でも、個人や企業の経済論理が人間としての哲学や倫理を超えて進んでいる現状もあります。アメリカの企業は、人間同士や異種動物間のクロ−ンは作らないと言っていますが、直にでも作れると言う事の裏返しです。現にヒトクロ−ンを作ろうという科学者や宗教団体も存在します。

 SF映画のように、欲望に限りのない人類、独裁者達は、遺伝子改造「人間改造」という領域に踏み込まないという保証はなく、優良な遺伝子の者同志が子供を生み、金持で遺伝的に改造された人が支配する差別社会が来ないという保証はありません。


 遺伝子の多様性こそが人類や生命体の種の存続の条件であり、遺伝子が均一化されると、その種は絶滅の方向へ進むと言われています。


 テレビで見た、ネズミの背中にES細胞から作った人間の耳が生えた映像もショックでした。また「人間の精祖細胞をネズミの精巣で精子にまで育て、そこから人間の精子を取り出して、体外受精に使う」とか言う実験が新聞で報道されましたが、何か薄気味悪く感じました。

 私は東洋諦観思想(宿命に逆らわない諦めに近い東洋的な考え方)に毒されていると思いますが、若い時でも、ゲノム解析で何時頃どんな病気になり、何時頃死ぬかなど知りたくもないし、遺伝子治療で将来起こり得る病気を予防する道は選びたくないし、若い頃でもネズミのお世話になってわが子を作る方法は選びたくないし、臓器移植で長生する道も選ばないと思います。この世に生を受け、少しでも生きてきたことに感謝し、自分に起こった出来事は、全て自分の不徳のいたすところ、宿命と諦めると思います。


 皆さんはどんな生き方を選択されるのでしょうか。

 将来の人類が、人間としてどう扱われるのか、人間としての尊厳を保ちつつ生存できるのか、不安を感じるのは私のみでしょうか。


★生殖医療に対するメリット・期待に関しては、種々の情報がありますので、生殖医療に関する不安・問題点が中心になってしまい、期待の部分の記述が少なくなったことをお許し下さい。

★また本文を書き始めたのは2年程前、次々に新しい問題を含んだ治療が公表され、思考も文章も追つかず、古いデ−タや内容もあることをお許し下さい。
 文中にお名前を使わせていただいた学識者、そして、産婦人科関連誌や各種会合で種々知識をいただいた先生方に感謝申し上げます。一つ一つ参考文献として掲載してないことをお許し下さい。
 何時もの悪い癖で、また長文になりました。目次クリックなど省略しつつお読みいただき少しでも参考になれば幸いです。

                                  (終わり)
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