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6.日本と高知県の周産期医療の過去

高知県産婦人科医会 会長 濱脇 弘暉

平成22年6月 記
 成績が決して良くなかった明治・大正時代を経て、昭和の戦後混乱期から日本が立ち直るにつれて、周産期医療も大きく変革を遂げてきた。
 分娩場所は家庭や一部助産所から医療機関98%へとシフトし、国民の生活環境の改善、医療技術や医療機器の発達向上、周産期医療体制やシステム整備などと相俟って、世界トップの成績の周産期医療を国民に提供して来た。

 1950年・昭和25年頃の自宅分娩は約95.4%、新生児死亡64,142、出生1000対新生児死亡率27.4、妊産婦死亡4,117、出産10万対妊産婦死亡率161.2であったのが、2004年・平成16年の医療施設分娩98.8%、助産所・自宅分娩1.2%、新生児死亡1,662、新生児死亡率1.5、妊産婦死亡49、妊産婦死亡率4.3と激的に改善している。
 悪性腫瘍、心臓・脳血管疾患等の如何なる診療科の疾患でも、50年間で死亡者数を1/100に減らす事に成功したのは、周産期医療の妊産婦死亡だけである。
 この過程において、日本の分娩は、地域により多少差はあるが、約半数は私的医療機関で行われていたし、現在も有床診療所での分娩が約半数を占めている。

 しかし、開業産科医の高齢化で徐々に分娩取扱施設が減少しつつある将にその時期に、厚労省医政局看護課長による「看護師による内診禁止」の通知が平成14・16年に出され、助産師絶対数不足の状況下で、それを根拠にした保助看法違反による警察介入により、殆どの産科施設では分娩数の縮小、或いは撤退を余儀なくされた。
 

加えて2004年度からの新臨床研修制度導入と平成18年2月の県立大野病院産婦人科医の医師法21条違反と業務上過失致死傷罪による逮捕などの影響を受け、一人医長又は産婦人科医の少ない大学病院が一斉に分娩から撤退し、結果として、分娩施設の激減による「お産難民」が発生し、国是とする少子化対策に暗い影を落とす事態となった。
 産婦人科医会調査(45/47有効回答)では、分娩取扱中止施設数は、平成14年が病院13、診療所50、計63、平成15年が病院25、診療所78、計103、16年が病院60、診療所103、計163と激減し、この状態が続けば、16万から20万人の「お産難民」を生じさせる可能性があると警告している。
 高知県では、昭和63年の「高知県周産期・乳児死亡等改善対策協議会」や平成11年の「高知県周産期医療協議会」で調査検討を行い、早い時期から、高知医科大学産婦人科の相良教授を中心に、県行政、日本産婦人科学会高知地方部会、高知県産婦人科医会、高知県小児科学会・小児科医会、看護協会・助産師会高知県支部の協力のもと、周産期医療体制の整備確立に向けての検討を続けて来た。その上で、産科施設の機能分担と連携、早期適切な母体搬送を理念とした対応を行い、施設数減少の中で必然的、自然発生的に後に国が云い出した集約化もなされて来た。なお国の云う集約化は、即、医療過疎地を生む施策であり、あくまでも緊急避難的な施策でしかない。
  しかし高知県でも、産科医の高齢化や国レベルと同じ要因によって、産婦人科施設は減少し続け、分娩取扱施設も、平成11年当時、私的21、公的12、計33施設あったのが、平成22年6月現在、私的13、公的7、計20施設と激減し、しかも中央医療圏に集中し、幡多・高幡・安芸医療圏の産科施設は併せて3施設に過ぎず、高幡医療圏には産科施設がゼロである。分娩非取扱施設すら、平成17年6月の17施設から、現在は10施設に減っている。



  ちなみに日本産婦人科医会調査では、助産師の就業場所は、病院が68.7%、約半数を扱う診療所には17.6%、助産所6.2%であり、新規助産師では、97.4%が病院、診療所2.2%と極端に少ない状況も加味され影響が拡大した事は否めない。なお医師法では診療所に助産師在籍を義務付けてはいない。元々、昭和23年に施行された保助看法は、戦後に産科医の極端な不足の中で自宅分娩が行われ、日本の周産期成績が極めて悪化し、補完的な対応として、医師法にある医療行為の一部としての正常分娩に限り助産行為を助産師が行う事を可能としたものであり、その後の環境や社会情勢の変革にも拘わらず、見直しもされずに今日までに至った古い法律である。
  

加えて近年、更に深刻な事態が発生して来ている。分娩は250例に1例の割合で医療介入をしなければ母親と子供の命に関わる救命救急医療と同等なリスクを含んでおり、更に産婦人科は、人口の半分以上の女性の全世代の疾患を扱い、内科領域も外科領域も含む広い範囲に亘る診療科である。しかし平成14・15年辺りから、医師国家試験合格者の約4〜5%しか産婦人科医を目指さず、そのうち産科医を目指す者は90人程度であり、医事紛争の多い産科を避けて生殖医療等に進む医師が増え、全国レベルで深刻な産科医不足が起こった訳で、以前から予測できた事態である。
 
  日本産婦人科学会が全国大学病院に行った調査でも、大学が医師を派遣している病院で、平成15・16年に産婦人科医が減少又は不在になった病院は173に昇り、産婦人科医師がゼロになる病院が少なくとも117存在しており、大学が人員不足により病院が必要とする産婦人科医師を派遣できなくなった。



  更に平成21年1月31日には、日本産婦人科学会調査で、癌診療が出来る医師数も激減し、癌診療中止医療機関が増え、大学病院や大規模病院に子宮癌・卵巣癌等の悪性疾患患者が殺到し、手術の待機期間が延び、長距離通院を強いられる、将に周産期医療と同じ危機的な状況が報道された。

 これは高知県でも全く同じ状況である。
  高知大学産婦人科医局への入局者は元々少なかった上に新臨床研修医制度等の影響を受け、四国の他3大学への産婦人科入局者も激減し、高知県に多くの勤務医を派遣されて来た徳島大学も、高知県に産婦人科医師を派遣する余裕がなくなりつつある。
  大学入局者の減少と派遣医師の減少により、幡多けんみん病院、県立安芸病院、独法国立機構高知病院、JA病院、高知赤十字病院、高知医療センター、高知大学の公的な高機能病院でも、深刻な医師不足が指摘されている。
  

現時点で高知県内の産科医師数は60人弱、助産師114人(平成17年県調査)しかいない中で、高知県内約6000弱の分娩は、13私的医施設と7公的施設が略折半する形で補完している。しかも殆どの私的産婦人科施設は1人医師であり、公的施設も必要医師数を遥かに下回る体制で対応せざるを得ず、共に寝る時間も抑え自己の生活や健康、家族の生活をも犠牲にした過酷な勤務状況を強いられている。周産期医療現場で働く医師も看護師も助産師も労働基準法の許容範囲を超えた過酷な勤務状況の中で奮闘されている。

  私は、新規産婦人科医師が増えない状況では、高知県の産婦人科医療体制は、後5年間持つかどうか、大いに心配している。
  約15年前辺りから、やがて日本全国各地で分娩する場所がなくなり、木にぶら下がってお産する昔の悲惨な状態が来る可能性があり得る事を、あらゆる所で訴え、警告して来たが、こんなに早く緊急事態が来るとは思ってはいなかった。



  更に、悪性腫瘍手術患者も対応可能な医師が不足し、高知県内2医療機関に集中し、周産期医療に留まらず悪性腫瘍や癌検診等の産婦人科一般診療への影響が出始めており、将に周産期医療と同じ危機的状況だと云える。



  政府や厚労省は、医師不足対策、医師の地域・診療科偏在の対応を都道府県に求めているが、最早、都道府県レベルで対応できる状況を遙かに超えている。
  
  医師や助産師・看護師不足も医療崩壊も、全ての責任は、ここまで放置して来た国の過去の悪政に尽きる。卓上の論理、財政の辻褄合わせ、長期的展望のない、根本的な幹の部分ではなく目先の枝葉の部分のみの小手先の施策しか打ち出せなかった政府・与野党政治家・官僚の責任である。
  
  各都道府県で採られている医師や看護師・助産師の不足対策は同じような対策しか出来ず、結局、医師や助産師、看護師の都道府県の奪い合いと云う構図しか招かない。過去の自民党も新しい民主党も、殆ど同じ医師不足対策で、医師への金銭的インセンティブの話から一歩も抜け出しておらず、勤務状況改善も含めた医師の真の支援策とは到底云えないレベルである。



  医師や医師を目指す者が真に求め、医師の職業意識や意欲を高めるのは決して金ではない。患者や社会からの温かい応援と感謝の気持、医師としてプライドの保てる環境を求めている筈である。
  
  今や政府や政治家・厚労省は過去を反省し、その原因・実像を分析し、与党・野党を超えた超党派的論議を行い、国家レベルでの思い切った有効な対策を講じないと、世界に冠たる成績を為し得た日本の周産期医療も国民皆保険制度下で安価で世界最高の成績を上げている全ての医療が崩壊するであろう。
 将に国家の責任において取り組むべき最重要課題である。

  

更に、1989年に合計特殊出生率が1.57と激減し、1.57ショックと日本中が大騒ぎした少子化に対して、国や厚労省は既に21年も経つと云うのに、未だに有効な少子化対策を打ち出せず、超高齢社会を前にして、年金も医療も介護も、全ての社会保障制度が行き詰まっている。そもそも逆ピラミッド型の人口構成では、如何なるシステムも数年で破綻崩壊する事は子供にでも理解可能であろう。1.29程度の低出生率が続けば、3200年に日本民族絶滅とのシナリオもある。システムが機能するためには、逆ピラミッド型の人口構成でなく、縦長型の人口構成が不可欠である。
  

少子化対策の根幹は、国民が夢や希望の持てる国である事が大前提である。年金・医療・介護等の社会保障は、貧富を問わず、国民生活の最大で最終のセーフティネットである。社会保障制度に関して、国民に夢や希望を与える施策こそが真の少子化対策であろう。

  医療システムが有効に機能するためにはマンパワーが不可欠である。箱物があっても、それを使いこなす人材がいなければ、ただの箱、何の効果もない。更に、患者は宇宙戦艦ヤマトのようにワープは出来ないし、光ファイバーで瞬時に移動は出来ない。殊に東西に長い高知県では搬送手段確保のために、搬送道路の整備やドクターヘリの整備も不可欠である。 

  ※なお本文と同じ主旨の文章や資料を、平成22年7月1日、2日に、岡崎高知市長と尾崎高知県知事に、夫々お渡ししたことを付け加えさせて頂く。 以上

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